'23年6月10-11日(土日) 第25回 津軽路ロマン2DM参加計画 | |||||||
|
|||||||
![]() |
|||||||
6月9日(金) 1357 新青森駅で 乗換え JR奥羽本線:弘前行へ あちらこちらで ねぶたを見る |
|||||||
![]() |
|||||||
構内の自販機 全〜ぶ りんごジュース 飲み比べて 好きりんごを見つけようとある 酸味・甘味ともに強い ふじ・青森りんご 甘味は強いが酸味の弱い 王林・トキ 酸味・甘味ともに弱い つがる 酸味強いが甘味弱い ジョナゴールド・きおう さすが りんご王国 青森 種類の多さにびっくり |
|||||||
![]() |
|||||||
1443 弘前駅到着 駅前の宿で 荷物を預け 会場の 弘前市立観光課:置いて門広場で 前日受付を済ませ 弘前城へ 5年前に 石垣の角にある天守を移動させ 石垣修復工事は始まっていたが まだ 石垣工事の真っ最中だった この写真では わかり辛いが |
|||||||
![]() |
|||||||
角度を変えると 石垣裏側が大事なのがよくわかる 右端に石垣の表面 工事は その裏側 一番下の基礎:根石 その上に積んでいく:積み石 その後ろに入れる:裏込め石や隙間を埋める:間詰石あいづめいし 天守曳家:平成27年(2015)から始まり 2023年現在 石垣工事中 以下 天守引き戻し:令和8年(2026) 天守耐震補強・保存修理:令和9(2027)〜 の予定 |
|||||||
1日目:6月10日(土) ゆったり史跡巡りコース 25q | |||||||
![]() |
|||||||
3日前の予報と変わらず 曇りのち晴れ 気温:18-25℃ 風:2m/s W日和だろう |
|||||||
![]() |
|||||||
前日貰った コースMAP 左上の会場スタートし 東(右)に出たあと C(CV)を通り抜け 大きな 8の字 型に弘前市郊外を左回りして 最初のCを交差するように通り抜け 会場に戻る 主要ポイントの距離は表で記載されている 他に、20・10・5qなどあるが 歩く方向が異なるので 途中で会うことは無さそう |
|||||||
![]() |
|||||||
730 津軽情っ張り太鼓に送り出され スタート 出発式:700〜 挨拶・ストレッチ・檄 この後バス移動する 20qコースも一緒だった 顔見知りさんが多く ご挨拶が忙しかった |
|||||||
![]() |
|||||||
弘前市民中央広場から青森銀行記念館前を通り 100人ほど?が 固まりになって スタート |
|||||||
![]() |
|||||||
中央弘前駅 自由通路の矢印があり 建物の中へ |
|||||||
![]() |
|||||||
駅員さんが見送る中 お邪魔します と挨拶しながら ホーム脇の 自由通路を通り抜ける |
|||||||
![]() |
|||||||
土淵川吉野町緑地を通り抜ける 緑地の端に 弘前れんが倉庫美術館 |
|||||||
![]() |
|||||||
すぐに 弘南鉄道大鰐線踏切通過 先ほど 中央弘前駅に停まっていた電車が通り過ぎた |
|||||||
![]() |
|||||||
土淵川つちぶちがわを 300m上流に進み 左折橋を渡って 川と線路を通り抜ける |
|||||||
![]() |
|||||||
200m住宅地を進んで また、土淵川を渡り 100m進んで踏切通過 今度は りんごでラッピングされた 電車だった |
|||||||
![]() |
|||||||
土淵川沿いを 1.2q 南下し 線路を渡る 途中 広高駅そば通過 200m西の 信号交差点に迂回 200m南に見えているのは 弘前学院大学前駅 ここまで 土淵川と線路のそばを進んだが 川は離れて行った |
|||||||
![]() |
|||||||
青森県弘前実業高前を通り抜ける 文京町の町名が関係あるのか 周辺には 弘前大・聖愛中高など学校が多い |
|||||||
![]() |
|||||||
千年駅そばで線路を通り抜け 大和沢川を渡る 信号は少なかったが 踏切でも遮断され 集団はバラバラになっている |
|||||||
![]() |
|||||||
川から 200mで 又線路を通り抜ける 左奥の電車は 小栗山駅に停車中 電車の便数は多い |
|||||||
![]() |
|||||||
857 小栗山農村交流館 給水・WC [ 7.6q地点/87分 + 11分 ] テーブル脇に ゴールまで 残り約 17q カウントダウンするのは 早すぎ |
|||||||
![]() |
|||||||
民家の連なる 住宅地を進む 微妙な雨で 道路が濡れる |
|||||||
![]() |
|||||||
健脚さん達が声を掛け 追い越して行く 道路脇のりんごの実が大きくなっている |
|||||||
![]() |
|||||||
4月下旬 長野県飯田では 摘花作業を見たが こちらでは 実を見ながら 最適化? 傘を出そうかと迷ううちに 雨は止んだ |
|||||||
![]() |
|||||||
東奥義塾 高等学校・中学校 校名は義塾だが 明治5年設立の キリスト教(プロテスタント)系の私立校らしい |
|||||||
![]() |
|||||||
前日テレビで 弘前市で熊出没 市では 注意喚起の看板を立てた とニュースで言っていた ここが 現場というわけではない?? |
|||||||
![]() |
|||||||
左手に進んで JR奥羽本線踏切通過 左後方 250mが JR石川駅 70m 前方で 弘南鉄道大鰐線と交差する |
|||||||
![]() |
|||||||
その 弘南鉄道大鰐線高架下をくぐり抜け JR奥羽本線脇を 700m進む |
|||||||
![]() |
|||||||
突当りを左折 100mで 先ほどくぐり抜けた 弘南鉄道大鰐線 |
|||||||
![]() |
|||||||
1000 石川駅 [ 13.4q/150分 + 16分 ] ここまでは 健脚さん達につられいいペース 踏切の先 北原学園 石川こども園では 運動会らしく 子ども達の歓声 ここが コース 南東端 |
|||||||
![]() |
|||||||
250m進んで石川郵便局を回り込んで 県道260号を北西に向かう |
|||||||
![]() |
|||||||
道路標識 ↑県道260号 前方に弘前城・岩木山 |
|||||||
![]() |
|||||||
石川の町を抜け 田園の中を北西進 前方の 住宅二階屋根に 薄っすらと 岩木山のすそ野が掛かっていた |
|||||||
![]() |
|||||||
その住宅の道路際CV前で右折 350m東の 平川堤防へ |
|||||||
![]() |
|||||||
平川 左岸を 1.0qあまり北上 | |||||||
![]() |
|||||||
途中 見えてきた 国道7号:弘前バイパスをくぐり抜ける |
|||||||
![]() |
|||||||
堤防下は 田んぼ 前方 左に向かう先行者さんが 点・点・ と |
|||||||
![]() |
|||||||
このイベント スタートして 30分で気付いたが 矢貼りより 幟旗優先で案内 |
|||||||
![]() |
|||||||
建物などない場所では 判りやすい 左折先 180mでも右折 先行者さんと 赤い幟旗が見えている |
|||||||
![]() |
|||||||
230mで 堀越城跡管理活用支援エリア 駐車場とWC | |||||||
![]() |
|||||||
1041 堀越城跡 C・P [ 17.2q/191分 + 19分 ] 昼食には早いので 給水・WC で小休止 奥に 旧石戸谷家(堀越城ガイダンス施設) だがスルー 我家 真ん中より後寄りだと思っていたが 大勢が迷っているらしく 30番台の到着らしい |
|||||||
![]() |
|||||||
国道7号北側のこちらに 本丸跡がある 堀越城:弘前藩初代藩主である津軽為信が、最後の居城とした城で、 二代藩主信枚が今の弘前城の前身に当たる高岡城に移るまでの17年間、 津軽の中心地だった |
|||||||
![]() |
|||||||
建造物がないので 城跡の中を 国道が通り抜けている |
|||||||
![]() |
|||||||
この日のGPS 距離:27.0q MAP:25.0q IVV認証:25q この後 若干コースアウトあり+αに 認証距離は なかなかシビア 最大標高差:約80m 累積獲得標高:290m 緩〜い アップダウンで ほとんど 勾配は判らなかった ・・ 信号の少ない 平坦路 序盤何度か 踏切で電車待ち |
|||||||
![]() |
|||||||
![]() |
|||||||
1053 本丸跡に熊野神社があり 鳥居をくぐり抜け 城跡を後にする 鳥居の先が 県道260号に復帰 (復路で歩いていた道) アト 8q ゴールは 1230くらい |
|||||||
![]() |
|||||||
県道260号を2.3q 北西進 歩道の手すりが青森らしい りんごマーク |
|||||||
![]() |
|||||||
往路でも渡った 大和沢川を渡り 住宅が並ぶみちを進む |
|||||||
![]() |
|||||||
道なりに住宅地を進む 一応 車道と分けてあるが 足元が狭い |
|||||||
![]() |
|||||||
郵便局の先で左折 県道260号から分岐し JR奥羽本線踏切を渡る |
|||||||
![]() |
|||||||
MAPでは 踏切先で右折 右の林の前にみちがありそうだが 矢貼り・幟旗が見えず直進 |
|||||||
![]() |
|||||||
1ブロック(100m強)進んで 引き返してきた 林側にありました! 振りかえるよう覗き込めば見えたのだろうが まぁ ワンブロック 遠回りには入らない |
|||||||
![]() |
|||||||
住宅地のみちを西へ 弘前の 旧市街地 柴田学園学生寮 清風寮前を通り抜ける |
|||||||
![]() |
|||||||
柴田学園大学付属高校 円形講堂?脇を通り抜け | |||||||
![]() |
|||||||
旧弘前偕行社 元陸軍第八師団の集会所として利用された建物 2020年春に大規模な保存修理を終えて一般公開 シャンデリアや漆喰の天井など見応えがあります 続いて 弘前厚生学院前を通り抜ける |
|||||||
![]() |
|||||||
住宅地の中をジグザグ進み 写真 右に御膳水:青森県指定の「私たちの名水」 明治期に名づけられた史跡 |
|||||||
![]() |
|||||||
70m先は 富田の清水しつこ:弘前市紙漉町にある湧水 古くから地元民に親しまれ、現在は生活用水として利用され 遠方から訪れる観光客も多い名水 |
|||||||
![]() |
|||||||
弘南鉄道大鰐線踏切に続けて 土淵川を渡って その奥の 最勝院境内へ この右手 400mが中央弘前駅 ここは 朝 土淵川の右から来て 橋・踏切をこちらに渡り 左後側に通り抜けた所 |
|||||||
![]() |
|||||||
門前に 卯年一代様 最勝院の文殊菩薩 津軽では古くから 十二支の卯年生まれの一代守本尊として信仰を集めている 生まれ年 場所:一代様(守護神)は それぞれ 子年生まれ 多賀神社(清水観音堂):千手観世音菩薩 丑年生まれ・寅年生まれ 求聞寺:虚空蔵菩薩 卯年生まれ 最勝院または弘前天満宮:文殊菩薩 ・・・ |
|||||||
![]() |
|||||||
江戸時代以前の建立で現存する五重塔は全国で22塔 最勝院五重塔は中でも最北の五重塔で、東北地方第一ノ美塔ナリ と称される 明治41(1908)年 青森県で初となる国の重要文化財に指定 残ねんながら 真っ黒の 証拠写真 |
|||||||
![]() |
|||||||
新仁王門 昭和五十九年(1984)が弘法大師御入定壱千百五十年御遠忌に正當するため、 記念事業として参道整備と共に建立。 聖徳太子堂・六角堂・平和の鐘 ・・ 境内をさらりと通り抜けたが 仁王門の先は ?? MAP 現在位置がわかりづらいのもあり 5〜6人のWさんが どっちだろう? 半分は 右手(北)の弘前大学の東通りへ |
|||||||
![]() |
|||||||
我家は MAPで200m西に鳥居を見つけ 歩いてきたら 鳥居は判ったが すぐ横の 幟旗に気付かなかった |
|||||||
![]() |
|||||||
住宅地を進み 寺沢川:稲荷橋を渡って 弘前大学医学部・付属病院の間を通り抜ける |
|||||||
![]() |
|||||||
弘前税務署前の通りをまっすぐ進み | |||||||
![]() |
|||||||
1236 弘前中央会場:市立観光館 置いて門広場ゴール 汁物の振舞いがあったが 日差しが暑く 日影で持っていたパンを食べる 会場や観光館をひと回りして 宿に戻る |
|||||||
|
|||||||
瞬間ぱらついたが 曇り空で歩きやすい天気だった 何とか 大きくペースダウンする前にゴール コース 88名の やや後寄り(2/3?)くらいで ゴール 史跡巡りコース りんごと歴史のまちを感じたが 勉強不足で 堀越城跡と最勝院くらいしか判らなかった 2日目 岩木山も少しは見たい |
|||||||
ウォーキング一覧に戻る |