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'15年 4月24日(金) 京都ゴトウスポーツYRW を歩く 20q | |||||
前日23日 長岡京:ナガオカスポーツ に続いて 「YRW京都 勝手に2D 第2弾の2日目」 丸太町の「スポーツパレット ゴトウ」からのイヤーラウンドウォーク |
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先月訪問して手続きを確認しているので 「GOTOsports」の裏に回って 「ウォーキング ポスト」のMAPを確認 「洛北・下鴨神社(世界遺産)コース[京-02] 20q」を歩く事にして、仮申請記載 |
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京都WAのHPにある コース紹介には 世界遺産の銀閣寺・下鴨神社や、赤山禅院、曼殊院、詩仙堂、金戒光明寺(黒谷)などの 社寺仏閣を訪ねる。 MAPは「2006.8.3 V1.0 A3」 「美しい日本の歩きたくなるみち 500選 京都府-02」 「三宅八幡神社(WC)チェックポイント」となっており、主要通過ポイントの距離が記載してある HPに紹介のある 詩仙堂や曼殊院はコース線が引かれていない |
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A3のコース説明文が留めてあるMAPが1枚だけあったのでこちらを貰ってスタート (上の写真は説明文の下半分をカットしています) 箇条書のコース説明は 時々見るが、こんな形の文章は初めて見た |
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7:30 スタート 「・・ 丸太町橋を渡って、川端通を北へ一筋目の春日上通を東へ進みます。」 文章とMAPを見比べながら 橋の名前や通りの名前を確かめながら進みます ・・ なかなか忙しい |
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「・・ 京大病院や聖護院門跡を左に見ながら ・・」 京大病院の並びには「IPS 細胞研究所」の名札が付けられていた 「聖護院門跡」も確認 通過 |
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「・・ ”黒谷さん”と親しまれている金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)の重要文化財の三門をくぐり 極楽池を渡ります。」 「春日上通」の突当たりにある門 ・・ これが「三門」?かと思ったが MAPは 通りの先で左折してから「黒谷三門」と表示している 通り抜けて300m ほど進んだ左手に、右の写真 大屋根があり 本堂かと思ったが、 どうやらこちらが「三門」(山門?) 金文字の 「浄土真宗最初門」の額は、後小松天皇の宸筆。 「浄土真宗最初門」とは、比叡山を下った法然が、金戒光明寺のある黒谷にはじめて 草庵を結んだことから、「日本の浄土宗の真のはじまりの場所」という意味があるという。 |
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「・・極楽池を渡ります。 熊谷直美が篭った熊谷堂の前を通り黒谷南門をぬけて岡崎神社に出ます。」 極楽池は、小さな池だった 「熊谷堂」は 同じ様な建物が沢山あり、気付かずに通り過ぎた |
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「岡崎神社」の前を通って 「丸太町通」に戻り 東へ 「住友コレクション 泉屋博古館せんおくはくこかん」 |
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丸太町通の突当たり ・・ 生垣に囲まれた大きな敷地 「・・住友さんの別荘 有芳圓の南側を通ると ・・ 南禅寺の禅センターの光雲寺です」 光雲寺も長い塀が続く ・・ 突当たりは 山裾 |
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「もう少し進むと階段があり、それを登ると哲学の道に出ます」 道路からも離れており、静かなみち ここが [歩きたくなるみち500選コース] コース南東端 ・・ ここから 山裾を伝って、(直線距離)7qほど北上 |
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写真を撮りながら歩いていると、地元の人が 「コマネズミのある、珍しい神社が近くにあるので 是非見て下さい」 案内されたのは「大豊神社」 ・・ 確かに「狛鼠」 「昨夏の豪雨 嵐山の被害が大きく報道されたが、東側のこちらも大変だった」 境内にまでイノシシが ・・ など、いろいろ説明してくれた |
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境内にあった説明には 「末社の大国社の狛鼠・日吉社の狛猿・愛宕社の狛鳶は それぞれの神のお使いとして有名である。」 15分ほどの寄り道だった |
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「・・ 哲学の道とは分かれて寺の前橋を渡ります。 ・・霊鑑寺門跡です」 寄り道で、距離が判らなくなった? MAP「寺ノ前橋」・・ 橋の名前ばかり気にして、矢印案内を見落とす (写真では判りにくいが、右奥への矢印に「霊鑑寺 徒歩3分」が見える) 更に、哲学の道を進んで ?? ・・ 適当に右折 「冷泉天皇陵」に突当たる 御陵を迂回する形で引き返した |
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「”谷の御所”霊鑑寺門跡」 「松虫、鈴虫の悲恋で知られている安楽寺」前を通り過ぎる |
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「西田幾太郎先生や川上肇先生(経済学者)の墓がある、獅子ヶ谷法然院」 しばらく、歩くと 車が通れる所にも同じ案内 「獅子ヶ谷法院」 ・・ この間 ず〜と寺院が続いている |
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突然 大勢の観光客 慈照寺(銀閣寺) ・・ 入口を見た 早くも、参道を戻っていく 修学旅行生の団体も沢山あった。 |
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「・・ 慈照寺の門前商店街の坂を下ると ・・ (西田)橋(角には交番)を渡り 白川に架かる久保田橋をも渡って滋賀越道に出ます。」 西田橋・白川・久保田橋の表示が無く 大通りまで出てから、斜め道の滋賀越道に入った じっくり考えると、交番の所で川が交差 道沿いに並行しているのが白川(疎水)=久保田橋 上(北)からの川が比叡山から来ており、それと並行する道が 「滋賀越道」=西田橋 ・・ 微妙に 遠回りした |
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「・・ やがて右手に北白川天神宮が見えてきます、水の美味で知られている神宮です。 石橋を渡った所をすぐに白川にそって上がっていきます。 ・・」 (※ この川が「白川」? 「白川疎水」と別々? Yahoo!地図でもそこまで判らず) 「京都一周トレイル」 先月も YRWのコースとの関係が判らず悩まされたが、 ・・ 今回もコースに乗った瞬間に ・・ よく見ると、「北白川天神社」の前を通るのに 「北白川仕伏町・比叡山」には行かないと ・・ コース(= トレイル)から わざわざ それていった 結局 「白川天神宮」は判らず仕舞い 「・・ 上御陵橋を渡りT字路にでます。 ・・ バプテスト病院です」 MAPそれらしい場所に「乗願寺」の文字 ・・ 右写真は「御陵橋」 ・・ もう一つ 上流の橋らしい |
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「乗願寺」発見 ・・ 傍にある「京都一周トレイル」に次の「バプテスト病院」の文字がある とりあえず、[東山54]を目指す |
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「東山54」で右折して 「東山55」ここで、左折? それとも もっと、「バプテスト病院」近くに左折のみちがある? ・・・ 病院すぐ横にもみちがありそう 「・・角を曲がるとバプテスト病院です。 人家にそって歩くと北白川幼稚園の下を通ります。 やがて白川通りに出ます。」 とりあえず、行ってみることに |
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・・「これが、人家にそっている?」 確かに、「北白川幼稚園」の下を通る ・・ これでは、下と言うより「前or横を通っている」 |
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かなりの高台にある「北白川幼稚園」から 下って来て 「白川通」で北上し「京都造形大学」の前に 「・・白川通に出ます。京都造形大学の前を過ぎ、右斜めのゆるやかな坂を登ります。」 途中 外れたカモだが、ここでは コースに戻っている。 |
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MAPコース 「幼稚園の下?」 一発で正解を出すのは難しい? これだけ、コースを外しても ・・ すぐに復帰できるから不思議だ |
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「・・ゆるやかな坂を登ります。まもなく、宮本武蔵と吉岡一門が決闘したとされている 一乗寺下り松にでます。もう少し進むと鷺の森神社の参道にかかります。」 一乗寺下り松 ・・横の標識には「宮本武蔵 開悟(さとり)の地八大神社」 江戸時代初め、この地で、剣客・宮本武蔵が吉岡一門数十人と決闘を行った伝説が有名で ここから東に約三百メートルの所にある八大はちだい神社の境内に、決闘を見下ろしたという 初代の松の古株が保存されている。武蔵は決闘に向かう途中、同神社で神頼みをすることを 思い立ったが、神仏に頼ろうとした自分の弱さに気付き寸前でやめたという話もある。 MAPもコース説明文章も このまま、「鷺の宮神社」に向かうとなっているが HPのコース紹介にあった 「詩仙堂」を無視する事になる。 ・・ 少しコースを外れるが、「一条下り松」から東に向い 「詩仙堂」へ |
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ゆるやかな坂の上に「詩仙堂」 ・・ 隣に、「八大神社」があった 「一条下り松」に戻って 「・・ 鷺の森神社の参道にかかります。 ・・ そのまま道なりに北上し音羽川に架かる 茶屋の前橋を渡ります。」 「鷺の森神社」も、その先にある「曼殊院」(HPコース案内に書かれていた)もコース外 せめて「鷺の森神社」くらいは参拝しようと 参道を進むと「曼殊院」の案内看板があった |
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長い参道の先に「本殿」があった 「曼殊院」は あと500mほどだが、コースに戻ることに |
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「茶の前橋」・「音羽川」 橋に銘版があり確認出来た 「・・ 前橋を渡ります。赤山大明神の鳥居の一筋手前の道を左折して ・・」 説明文では、「赤山大明神」も入らない ・・ MAPは珍しく「赤山禅院」境内までがコース |
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「赤山禅院」 コース説明文では 「鳥居の一筋手前の道を左折して修学院横山に沿って歩きます。 山裾のカーブを曲がりきって左折します。白川通の高架の手前の道を右折して 叡山電車の線路に沿って歩くと菊の花幼稚園まえの踏切を越えて ・・」 「鳥居の一筋手前の道」 ・・? 「鳥居の前」に道があり、これを「一筋手前」と数えたが (それは「一筋目」だった?) どうやら間違っていたらしい ・・ 住宅街をジグザグ進んで 山裾にぶつかり西へ 又 少し大回りしたようだ 「修学院横山」というのが、この山の名前 (と ・・今判った) MAPには目安の「鳥居」は 書かれていない やや不安になりながらも 次の目印 ・・ 「菊の花幼稚園」を探して進む |
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「白川通の高架の手前を右折して」 ・・ 階段の奥に線路が見える 線路に沿って、北上 叡山鉄道「宝ヶ池」駅 ・・ MAPの「たからがいけ」の文字が読めた |
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「菊の花幼稚園」まえの踏切を越えて 叡山鉄道脇を進んで 「三宅八幡駅の交差点に出ます。三宅橋を渡ると赤い鳥居が見えてきます。 ここから三宅八幡さんの参道です。 ・・ 社務所のおみくじやお守りと並んで ゴトウスポーツのオリジナルスタンプを置かせてもらっていますので押してください。」 |
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「赤い鳥居」の先の長い参道は住宅街が続いていた。 ・・ この神社は「狛鳩」のようだ | |||||
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「三宅八幡社は 子供の守り神で夜泣き癇の虫封じでよく知られています。」 子供用の前掛けがいっぱい並んでいた 境内の茶店で「鳩餅」が出されていた チェックポイント スタンプゲット 「鳩のマークと三宅八幡神社 スポーツパレット ゴトウ」 コース最北端 (11.1q/全長19.0q) ここから、一気に(?)南に下ります |
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「三宅八幡神社の西の鳥居をくぐり、府道に行きあたります。 府道を南に下り鞍馬線の 踏切をこえて花園橋へ。 橋の手前を高野川沿いに進み子供の楽園の門の前を左折し・・」 |
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「子供の楽園」にぶつかり左折(南下) 高野川沿いの住宅街を進む |
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「北山通」で左折(東進)し、 「高野川に架かる松ヶ崎橋を渡り二筋目の大原街道(鯖街道・新田街道)を右折します。 南西角に三宅八幡神社の境内でだされる鳩餅の双鳩堂があります。」 しっかり案内があったので、「鳩餅」を食べてみた |
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「・・旧街道のなごりののこる家並みを見ながら下ると赤の宮神社にさしかかります。 このあたりの地形のなりたち(新田)が高札に書かれていますので読んでみて下さい。」 「高野川原開墾来歴碑 現在の高野川沿いの町々はかって一旦川が氾濫・・」 とかが 書かれているようだが見えない |
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「さらに東鞍馬口通まで下がり右折(西進)します。 高野川に架かる蓼倉(たでくら)橋をわたります。」 | |||||
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「蓼倉橋」から上流を見ると 先ほど裾を歩いた、松ヶ崎東山に五山送り火 妙法の”法”の字が 意外に低い所に見えた |
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「・・ 下鴨中学校の塀に沿って下るとポストがあります。 その角を曲ると糺すの森が見えてきます。二ヶ所目の世界文化遺産の下鴨神社です。」 |
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朱色が鮮やかな鳥居の脇に「式年遷宮」の表札が見えた 続く、楼門にも |
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右側には 「第三十四回 式年遷宮 平成二十七年四月二十七日 正遷宮斎行」 ・・ この日が24日(金) ということは、3日後の月曜日 左側には 「四月二十四日 第三十四回式年遷宮 新殿解除 並御服神實読合の儀」 ・・ この時は写しただけで読まなかった! ・・ が、24日は この日の事 楼門の奥の舞殿でも何やら 準備?が進んでいた |
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待つほどもなく 神事が始まった 京都観光協会HPより 「御服御神寳讀合の儀は、調度品や神宝の読み合わせを行う神事です。」 |
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「式年遷宮とは?」 下鴨神社 HPより抜粋 一定年限で社殿を造り替えることです。 すでに平安時代中ごろ「鴨社正遷宮也、当社廿年一度・・」と史書『百錬抄』にしるされ 長元9年(1036)を第1回として式年遷宮の制度が確立しました。 しかし21年一度の制はあるべき姿ではありましたが ・・・ 本来の式年遷宮は、ご神体を除くすべての建物を新しくするための宮移しです。 しかし本殿2棟は国宝、社殿53棟は重要文化財といずれも日本の宝物、全てを新しくすることは 出来ません。現在は傷んだ所を直す、というのが基本方針。 修理 まず桧皮葺(ひわだぶき)の屋根の葺き替えです。 70棟に及ぶ葺き替えの桧皮は膨大な量になります。 また寿命が3〜40年ですから、未来永劫にわたって葺き替えは無くならないことになります。 ・・ 「式年遷宮」は昨年の伊勢神宮で、お馴染の行事だが 神社毎に様々な事情があり、行われ方もそれぞれのようだ |
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参道をまっすぐ南に下って 「・・そのまま河合橋まで直進し出町橋を渡ります。」 出町橋の手前では 「高野川」と「賀茂川」の合流する川に入って、大勢が水遊び この先から川は「鴨川」になる |
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「枡形商店街を抜けて寺町通りへ。御所の東側の梨の木通を下ります。」 | |||||
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「新島襄旧邸」前を通過して、丸太町通りから スポーツパレット ゴトウ へ 14:30 ゴール この日も、子供達の下校時間まで歩いていた WST 正式受付票に記載して IVV押印 「10回利用で記念品を差し上げます。 多い人は100回を越えています。」 朝の「早朝ウォーキング届け」はノートに 日付・名前とコースを記入する仮登録 前日にも数名が、記入していたが 皆さん「インクライン・清水坂コース[京-02] 20q」 14時までにゴール出来たら もう1コース 短い距離を歩こうかとも考えていたが、腰の調子がイマイチで見送りに それにしても、20qコースで7時間 ・・ 観光コースの初回歩きとはいえ 掛かり過ぎ? |
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