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2024年 案内状況 | ||||||
23.12.11 記 12.03 時点で ロングコース申込 85名 3Dコース 4Dコース ほぼ半数づつ 我家 11月から 40qW練習も 1日歩くのが精一杯 4日間コースに変更して 旧道歩きに挑戦することに |
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2024年 盛況のうちに無事終了 ・・ 以下 記載レポ 参照下さい 24.1.13 | ||||||
2024年 新春恒例 第10回 熱田さんから 歩いて行こうお伊勢さん125q | ||||||
23.07.20 開催案内パンフ配布開始 (左下から拡大) 県内例会や 2DWなどで配布します |
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気象の警報または緊急事態宣言が発令されない限り開催します □ 事前申込み:必ず期日 (受付開始〜12.1 締切) までに申込みください (MAPやIVVの予備など 持ち歩くことになるので 準備しません) 参加費:一般 2,500円 振込 (記念 刺繍ワッペン作成) 1日目 熱田神宮参拝後スタート (全員集合はこの時だけ) 密になる場所(伊勢神宮 内宮・外宮・おはらい横丁)は opt.コースにします □ 申込み方法 Eメール・ハガキ(・電話)で申込み お名前・住所・当日連絡番号・あればEメール・JWA保険加入有無を連絡 |
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・ スタッフも全員歩きますので、十分なおもてなしが出来ない事をご了承下さい ・ コースは自由歩行です。交通ルールを守り自己責任で歩いて下さい ・ 矢貼り等の道案内は一切ありません。地図を見てのウォーキングです。 ・ 荷物の搬送・預かりはありません。 (交通機関・宿泊手配は各自で行って下さい) ・ ゴールに 遅れる場合・リタイヤは 必ず実行委員に連絡下さい ・ 携帯電話で当日リアルタイムで連絡のつかない方は参加できません 問合せEメール(樋田ひだ会長さん):jhida@sky.plala.or.jp ショートメール・SMSでも受け付けます |
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〜 熱田-伊勢 ウォーキングについて 〜 |
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愛知県・三重県ウォーキング協会が 伊勢神宮の第62回式年遷宮をお祝いし、2005年から2014年(第10回大会)まで 毎年開催した、「平成のおかげ参り」です。 当時の趣旨には 熱田神宮から伊勢神宮へ、「日本のこころの故郷」伊勢神宮へ、旧東海道、 伊勢街道に今に残る名所旧跡を自分の足で確かめながらの初詣で4日間で 125キロ全コースを歩く「完歩型ウオーク」と 「美しい日本の歩きたくなるみち 500選コース」を加えた道すがらを 楽しみながら歩くショートコースの「観歩型ウオーク」を企画しています。 毎年 500名ほどが参加し、10年×4日間 歩き通した 猛者も何十人か いたらしい 完歩賞として、干支の土鈴を渡していた 「土鈴を十二支集めたい」 の声を聴いて 2015年以降 碧海幡豆HWAが 3日間にして 継続開催 |
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「熱田伊勢ウォーキング 点景」 ・・ 以下は我家 (断り無きは連れとの二人) 参加レポート | ||||||
2024年:碧海幡豆WA 第10回 歩いて行こうお伊勢さん 125q | ||||||
従来の3DWに加え 1日前から歩き出す4DWのコース設定された ロングコース 100名近い申込(過去最多)のうち 半数が4DWとのことで 我家も無理なく歩ける 4DWにして 旧街道を歩くことに 並行開催の ショートコースは 50名ほどの参加 |
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写真は4日目(祝月) 伊勢神宮内宮参拝 コロナ5類移行も予想ほどの参拝者ではなかった レポ:1日目 2日目 3日目 4日目 3.21 追記 碧海幡豆WAが引き継ぐカタチで開催されてきたが 今回で閉会に この 勝手に応援も 思い出の一頁に格納します |
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2023年:碧海幡豆WA 第9回 歩いて行こうお伊勢さん 125q | ||||||
久しぶりの ロングW 東松山3Dや 前年の熱田伊勢では 終盤疲れて 「傾いた」 と言われたが 今年は最後まで 多分真っすぐ歩けた 3日目 おかげ横丁の人出は ほぼ回復? |
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写真は 3日目 周辺整備が進む 斎宮1/10模型 レポ:1日目 2日目 3日目 |
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2022年:碧海幡豆WA 第8回 歩いて行こうお伊勢さん 125q | ||||||
暫く落ち着いていたコロナも 年明け以降 オミクロン株急増 1月下旬にはまん延防止発令へ ロングコースに 全国の快足・健脚 歩きたいというWさんが 80名余り 全員集合は出来なかったが、それぞれ 幹線道や旧街道を思い思いに楽しんだ 並行して ショートコースでも開催 |
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写真は 3日目(祝月)内宮到着 参拝客は、昨年より増えたが まだまだ少ない レポ:1日目 2日目 3日目 1・2日目 連れと別行動 1日目前半 頑張りすぎ 2日目お駕籠利用 |
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2021年:碧海幡豆WA 第7回 歩いて行こうお伊勢さん 125q | ||||||
コロナ禍で 活動自粛要請などで 一旦中止発表するも 私的でも歩きたいの声があり 2月下旬 地元Wさん中心に歩く事に 結果 愛知県を中心に30名ほどの参加者 フリーWで 3密には無縁 が 当方 直前に腰痛! ドタキャンして ツレを代表派遣 |
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国の緊急事態宣言解除直前(首都圏は3.8から2週間ほど延長) 外宮・内宮参拝は コースから外し 3日目ゴールは 内宮隣の宇治神社:足神様 参拝者は 途中から同行となった 歩友さんたち数名だけで境内は閑散としていた レポ |
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2020年:碧海幡豆WA 第6回 歩いて行こうお伊勢さん 125q 3代目実行委員長 | ||||||
3日間天気に恵まれ 伊勢神宮内宮にゴールし 初詣 ロング 参加申込75名 ・・ 3日間歩き通したのは ?? 1日目:1.11 全員で 熱田神宮参拝し ゴールの近鉄:四日市駅を目指す 2日目:1.12 四日市〜松阪 (3日目所用で早く帰りたい連れは6時スタート) 我家は 「個別W」 3日目:1.13 松阪〜外宮・内宮 「お一人様参加」 も 歩友さんと一緒にゴールで しっかり 参拝 |
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2019年 ・・ 「シンプルコース」 3年目 | ||||||
3日目 「外宮」が近い 「渡会橋」 で グルメコースの皆さんに追いつく ( 来年 2020年 グルメコースは中止 ・・ こんな風景も 今回限り?) 参加申込 50名超も 3日間歩き通したのは、43名 (グルメコースと合わせて 100名ほどの参加) 1日目:1.12 全員で 熱田神宮参拝し ゴールの近鉄:四日市駅を目指す 2日目:1.13 四日市〜松阪 (3日目所用で早く帰りたい連れは途中からスパート) 20q過ぎから 「一人旅」 3日目:1.14 松阪〜外宮・内宮 「お一人様参加」 もしっかり 参拝した |
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2018年 ・・ 「シンプルコース」での開催2年目 | ||||||
申込55名 歩いたのは49名 ・・ 1/3 は初めての参加者さん レポ 1日目:体調不調の連れを置いて お一人様参加 出発式のあと 全員で熱田さんにお詣りして お伊勢さんへ!(白の巡礼着は会員さんと希望者) ----------------------------------------------------------------------------- 2日目:風邪-発熱で 「参加見送り」 今年はいい天気の中を歩けると期待したのだが 3日目:も 「参加見送り」 ・・ 雨が強く 途中の 「へんば餅 で 仮ゴール」との事 その後の、歩いて行く・ワープする・帰る は皆さんの希望に 任せたらしい (HWAの場合、歩く人がいると 以降 団体歩行だが 今回は? ・・ これが、結構 早くて しんどい) 「歩いて行こう お伊勢さん」 ・・ 18年は宿題残りの人が大勢? ・・ 来年の参加者さんは 増えそうだ |
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2017年 ・・ 「シンプルコース」での開催 2代目実行委員長 | ||||||
参加者 50名ほど 県内外:半々 レポ 1日目:出発式 全員が顔を合せたのは これが最後 (ショート:グルメコースは 途中 桑名駅スタート) 2日目:一番長いコースは、雨だった 3日目:短めコースで 「MAP」を外れて、「伊勢街道」を歩く ウォーキングイベントには 珍しい 「幹線道路」歩き たまには、こんなウォークも面白い |
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2015・2016年 ・・ 「干支を揃えたい」 の声を汲んで、HWA の特別例会として3DWで 2年延長開催 | ||||||
従来の 「旧 東海道・伊勢街道」 コースを 踏襲しながらのコース 1日目:全員で 「熱田神宮 初詣」 してから スタート ・・ 「歩いて行こう お伊勢さん」 2016年 所用で 「おひとり様参加」 レポ 1日目:不参加 2日目:ショートコース 3日目:ロングコース 2015年 所用で 「おひとり様参加」 レポ 参加者 50名あまりの長丁場 「一人歩き」必至で コースをしっかり予習 |
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〜2014年 ・・ 「遷宮」に合わせて、愛知・三重県WA が「10年限定大会」で 4DWとして開催 完歩賞として 「干支の土鈴」を渡していた ・・ 2014年 「10回大会:大円団」 |
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出発式は「熱田神宮公園」 初日はショートコースも一緒 最終回とあってか、申込は700名超 我家は 2012年に続いての 2回目参加 ・・ 4DWでも、大勢の参加 レポ 歩き終わって 「又 歩いて、外宮〜内宮を参拝する事があるだろうか? 」 の感想だったが ・・・ |
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伊勢参り:いせまいり | ||||||
日本大百科全書(ニッポニカ)の解説 伊勢神宮に対する信仰を基盤にした参詣の様式。伊勢参宮ともいう。 古代の伊勢神宮は皇室の祖先神ということで、勅許によらなければ参拝することはできなかった。 したがって、一般民衆はもとより貴族にしても個人的な参拝は許されるものではなかった。 律令制の衰退が進むなかで、一般の社寺参詣の影響を受けるようになり、 民衆の信仰の対象となっていった。 一方、伊勢神宮の内部からも、こうした民衆の信仰心にこたえるべく、御師(おし)の組織を形成した。 そして、参宮のための宿泊の手配や大麻(たいま)などの神札の頒布を通して、地方の檀家を 拡大していった。 また御師の活躍と並んで特筆されるのが、伊勢講や神明講の結成である。 これは御師の回檀活動によるところが大であろうが、近世には数も増えて代参講として安定した。 こうして中世末期から近世にかけて、かなり広範囲の信者を獲得するに至り、伊勢参りも 隆盛を極めた。 そうしたなかで、一生に一度はお伊勢参りをするものという通念が生み出された。 こうした通念が基盤となって、伊勢踊の流行やお陰参りの勃発をみることになった。 お陰参りは約60年に一度の周期で起こった熱狂的な群衆による参宮で、沿道の住民の施行によって、 着の身着のままでも参加できたのでこの名があるともいわれる。 また、年少者が、親や雇い主などの許可なしに加わることを抜け参りといった。 なお、伊勢参りには、出発や帰還時に坂迎えなどのような多くの儀礼がみられる。[佐々木勝] |
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文政頃の宮川の渡し場の風俗を伝える。中央には、御蔭参りの旅人を迎えるために伊勢音頭を踊る人。 川の中には、参宮者に代わって身心を清める禊みそぎをする人の姿がある。 |
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お陰参り:おかげまいり | ||||||
日本大百科全書(ニッポニカ)の解説 江戸時代に起こった群衆による伊勢神宮への参詣現象。 記録に残っているものでも、慶安3年(1650)を その初めとして、宝永2年(1705)、 享保3年(1718)、享保8年(1723)、明和8年(1771)、文政13年(1830)の6回にわたる。 享保年間の二つは地域的なものにとどまり、 宝永、明和、文政の三つは全国的な規模のもので約60年を周期としている。 古くは伊勢神宮への参拝は、一般人はもちろん、皇族ですら制限されていた。 しかし、平安末期ごろから社寺参詣の風潮が広まり、民衆の参詣の対象となっていった。 江戸時代には伊勢参りが盛んになった。 こうしたなかで、特別の効験があるという60年に一度のありがたい年、つまりお陰年に対する 期待と参宮とが結び付いて、お陰参りという集団参拝の現象が生じた。 文政のときは4か月間に宮川の渡船場を渡った者が約428万人だったという。 これらの参宮人のために街道筋では施行が行われた。 そのために、旅費がなくても参宮できた。 文政のお陰参りの特徴であった柄杓(ひしゃく)を手に持つ風俗は、 施行を受けることから流行したものである。 お陰参りにはかならずといってよいほど神異や奇瑞譚が伴い、それが契機となっている。 祓(はらい)の大麻札(たいまふだ)が降ったという、いわゆる御札降りの奇跡は、 お陰参りを起こす常套手段ともいえるほどであった。 お陰参りでも、少年層が親や雇い主に無断で参宮することを抜け参りとよぶ。 なお、慶応3年(1867)の「ええじゃないか」はお陰参りの伝統にのっとってはいるものの、 政治的意図が強いということで、お陰参りとは区別して扱われているようである。[佐々木勝] |
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